これを知りたい、誰か教えて!

「第2次大戦中、アメリカ政府により強制収容を「免除」された日系米人に関する情報を探しています。」

カール・秋谷一郎氏に関する「ジパング」の記事の中に、彼(カール・秋谷一郎)は、「真珠湾攻撃後は、大平洋での大日本帝国の侵略に対して以前から明白な反対の立場を公言していたため、アメリカ政府から日系米人強制収容の例外的適用外とされた5人のひとりとされた。だが、彼は、日系米人コミュニティの権利への連帯感から自ら進んで強制キャンプの囚人とな(った)」というくだりがある。

サンドラ・C・テイラーは、その著「Jewel of the Desert: Japanese American Internment at Topaz」の中で、この件に関してさらにこう述べている (p 239):

「彼(秋谷)はまもなくアメリカの義を手助けするチャンスを与えられた。海軍情報部がイッセイの中にいる破壊活動分子探しに協力するようもちかけたのだ。海軍は彼と彼の友人であるジェイムズ・オキに戦争中、西海岸にとどまるよう求めたが、彼は拒否した」

「免除」された他の4人とは誰だったのだろうか、そしてイッセイがDOJ(司法省)やWRA(戦時転住局)の拘置所にいた時、彼等が西海岸にとどまったことは、イッセイの破壊活動分子容疑者探しにどのように役立ったのだろうか。 そしてまた、このようなONIによる「免除」あるいは「免除の提案」を裏付ける、例えば、ONI, 司法省、西部防衛指令部、からの手紙のような文書による証拠があるのだろうか。ほとんどが「収容」に先立ってのことだが、司法省が何人かの日本人に対していくばくかの「一時的な免除」を与えたのは事実だが、デウィット(西部防衛指令部司令官のジョン・L.デウィット)は司法省による夜間外出禁止の免除を取り消した。さらにデウィットは、西部防衛指令部の手続きによって西海岸の拘置所外にとどまる日本人のために身分証明書を出したかもしれない。こういった主張をする人々はそう信じて言っているのだが、裏づけととなるような文書やより明確にしてくれるようなもの(ONI、司法省、西部防衛指令部、FBI、国立公文書館などの通信文)を御存じの方はお知らせいただければ幸いです。

敬具
キンジ・イノマタ

(原文は英文。翻訳:ジパング編集部)

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