「ジャパニーズ・ヴィクティム・ストーリー」

昨年、日本がらみの3本の映画が話題になったが、1月、ニューヨークで、日本人と西洋人のロマンスを扱ったオーストラリア映画も公開され、小さなヒットとなった。

題して「ジャパニーズ・ストーリー」。西洋人と日本人の恋愛映画というと、実際のカップルの多さも手伝って、前者が男性で後者が女性という組み合わせを想像しがちだが、この映画は珍しく逆。オーストラリア女性が、旅行に来た日本人男性と恋に落ちるというもの。

最初、ふたりの関係は最悪だ。綱島郷太郎扮する日本人男性ヒロミツは、車で空港に迎えに来た地質学者サンディに英語で質問されても「はい」、「はい」と日本語で答える。荷物を運ぶのは、アテンドの仕事だといわんばかりに、目の前のスーツケースを自分で車に運び込もうともしない。いかにも、日本のビジネスマン然としている。その顔は無表情で蝋人形のようであった。

サンディに運転してもらっている車中でも、日本からのケータイに、日本語で「うるさい女だ」とか「がんこだ」などと悪口をいう始末。サンディも意思の疎通があまりできないので、露骨に嫌な顔をしている。

ところが、砂漠の中でエンコした車を動かさないと遭難する事態を迎え、共同作業をするうちに恋心が芽生える。ねんごろになった後のヒロミツは、にわかレディファーストになり、ホテルの食堂で朝食を食べる際には、サンディのために椅子を引いてあげようとまでする(そしてぶつかってしまう)。おまけに英語を急に話し出す。ピロートークの効能といっても、ひと晩でこんなに態度が豹変するのは不自然である。

日本で仕事や家族に追われる生活の中で自分を見失った男性が、広大なオーストラリアの自然と現地女性との恋愛でリフレッシュするという話はいかにもありそうな「ジャパニーズ・ストーリー」である。

ところが、女性に誘引されて、男性が池に飛び込んで水死してしまうところから悲劇になる。あまりにも急すぎたので、死体があがっても死んだふりをしているのだと思った。

終盤では、ヒロミツの死でサンディがいかに彼を愛していたかを表現するのだが、安直な印象が残った。相手を死なせないで愛を表現することはできなかったのか。

うがった見方をすれば、有色人種は殺されやすいというハリウッドの定石を無意識に踏んでしまった作品かもしれない。この作品が男性監督の手によるものなら、白人女性を奪った有色人種への報復として殺されたとも考えられるが、これは女性監督作品なので、それは考えすぎだろう。

もしかしたら、スクリプトライターは、途中でヒロミツに妻子がいることがわかり焦るサンディに妻を会わせるために、ヒロミツを殺害して日本から妻を呼んだのかもしれない。

仮通夜みたいなシーンも不明瞭だった。さらに、ヒロミツは取引先の御曹司なのだから、本来なら、妻だけでなく会社の人々がぞろぞろ来るのではないかとも思った。

この作品は、日本人を描きたいという「真摯な」意図で制作されたらしい。ニューヨーク・タイムズは、この映画の日本人は「ロスト・イン・トランスレーション」、「ラスト・サムライ」、「キル・ビル」よりも日本人の心理がよく描かれていたと書いていた。部分的にはそうかもしれないが、日本人は始終、受け身な存在だった。ジェンダーよりも人種がまさったという感じだ。

この作品のプロデューサーも監督も脚本も女性。要するにオーストラリア女性の目から見た、エキゾチックな東洋の男性とのロマンスの夢である。それはふたりがまだ険悪な状態にもかかわらず、水浴びをする水着姿のヒロミツの肢体をサンディが離れた場所から眺めるシーンに漂っていた。

オーストラリアのアカデミー賞に当たるAFI賞受賞作だそうだが、駄作に思えた(by 八巻由利子)

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