チョムスキーがサダム・フセイン拘束後に書いた記事

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ノーム・チョムスキーがサダム・フセイン拘束後、カナダの新聞「トロント・スター」紙に寄せた記事をざっと日本語に訳してみました。ちなみに、文中のハリバートン社はチェイニー副大統領が元最高経営責任者だった会社、ベクテル社はレーガン政権時代国務長官だったジョージ・シュルツが役員を勤める会社でいずれも共和党に近い。ベクテルは12月26日現在、イラク復興事業のうち、電気、水道、空港、港湾など10億ドル以上の契約を得ている。ハリバートンは、3月下旬、米陸軍から油田の消火・復旧事業を受注した。12月26日付けの「サンフランシスコ・クロニクル」紙によるとイラク復興事業の入札に招待されている企業はほとんどが米政府と強いつながりをもつ企業。なーんか、露骨。ま、読んでみて。(by宵っぱり)


独裁者は我々だ
by ノーム・チョムスキー
2003年12月21日

人権、正義、清廉さに関心を持つすべての人々は、サダム・フセインの拘束を喜び、国際法廷による公正な裁判を待ち望んでいるに違いない。

サダムの残虐行為への告発の中には1988年のクルド人に対する虐殺と毒ガス攻撃はもちろん、1991年にサダム打倒をもくろんだシーア派反体制派大量虐殺も当然含まれることになるだろう。

当時、アメリカ合衆国とその同盟国は、ニューヨーク・タイムズ紙のアラン・カウエルが報じたように、「サダム・フセインの罪がいかにひどくても、彼はイラク安定への可能性をーー彼の圧制に苦しんだ人々がもたらしえた以上の可能性をーー西側と中東地域にもたらした、という驚くほど満場一致の見解をもっていた」ものだ。

昨年12月、英国のジャック・ストロー外務大臣はサダムの犯罪の関係書類を公表したが、そのほとんどがアメリカと英国がサダムを強力に支援していた時期のものだった。

倫理的清廉をいつもながら誇示するストローの報告とそれに対するワシントンの反応の中に、サダムへの支援に関する言及は見られない。

こうしたやり口は一般に知的文化に深く根づいた罠を反映している。2、3年ごとにアメリカでひっぱり出される、進路変更の教義と呼ばれる罠である。その教義の内容はこうだ。「そう、我々は過去に、無知と手違いのせいでいくつかの間違いを犯した。だが、それは、すべて終わったことだ。だから、もうこんな退屈で陳腐なことで時間の無駄遣いをするのは止めにしよう」。

この教義は不正直で臆病なものだが、利点もある。我々の目前で起きていることを理解するという危険から我々を守ってくれるのだから。

例えば、ブッシュ政権のイラク戦争開始の最初の理由は、大量破壊兵器を開発しテロ組織を支援する専制君主から世界を守るというものだった。だがいまではそんな理由を信じる人なんてひとりもいない。ブッシュの演説草稿ライターでさえも。

我々がイラクに侵攻した新しい理由は、イラクに民主主義を打ち立て、ひいては中東全部を民主化することだそうだ。

時折、民主主義を打ち立てるというこのポーズのくり返しは熱狂的な喝采の域に達する。

たとえば先月、ワシントン・ポスト紙の論説家デビッド・イグナチウスはイラク侵攻を「もっぱらイラクとその地域に民主主義をもたらすことだけのために遂行された、近代におけるもっとも理想主義的な戦争」と称した。イグナチウスは特に、「ブッシュ政権最高位の理想主義者」ポール・ウォルフォウィッツに感銘を受けており、ウォルフォウィッツを(アラブ世界の)圧制のために血を流し、その解放を夢見る本物の知識人と評する。

おそらく、これはウォルフォウィッツの経歴を説明するのに役立ちそうだ。なにしろ、ウォルフォウィッツはロナルド・レーガン政権下、インドネシア大使だった時に、前世紀最悪の大量殺人者にして侵略者だったスハルトの強力な支持者だったのだから。

レーガン政権下、国務省の東アジア担当国務次官補としてウォルフォウィッツは韓国の全斗煥とフィリピンのマルコスという殺人的独裁者支援の責任者だったのだ。

こうしたことすべてが、御都合主義的な進路変更教義のために場違いなものになった。

そう、ウォルフォウィッツは圧制の犠牲者たちのために血を流しているのだ。そしてもし、記録がそれとは反対のことを示しているとしたら、それは人々が忘れ去るべき退屈な昔話に過ぎない。

我々はウォルフォウィッツの民主主義への愛情を示すもうひとつの最近の実例を思い起こすこともできる。トルコ議会はイラク戦争への国民のほぼ全員一致の反対を留意して米軍のトルコからの全面展開を拒否した。これがワシントンを激怒をさせたのである。

ウォルフォウィッツは議会決定をくつがえすべく介入しなかったとしてトルコ軍を非難した。トルコが国民の声に耳を貸し、テキサスのクロフォードやワシントンの命令に従わなかったからだ。

最新の見せ場は、イラクでの潤沢な再建契約への入札に関するウォルフォウィッツの「決断と所見」だ。政府が国民の大半と同じ意見にたった国は入札から排除されたのである。

ウォルフォウィッツの立場は、「安全保障の見地」といわれるが、そんなものは存在しない。逆に、ハリバートン社とベクテル社が主要産業社会とではなくウズベキスタンとソロモン群島の活気に満ちた民主主義と自由に「競う」ことになる事実と共に、民主主義への露骨な憎悪は見のがしようもない。

将来にとって明らかで重要なことは民主主義に対するワシントンの軽蔑の表示が、民主主義への憧れへの異口同音の追従と同時並行して起きたことだ。このふたつを両立させることはなかなかたいへんな業(わざ)で、全体主義的な国家でさえ、このようなマネは困難だ。

イラク人には征服者と被征服者とのこの過程に関する洞察力がある。

英国は自分たちの利益のためにイラクを創った。英国は世界の中のこの地域を支配するにあたり、「アラブの正面玄関(ファサード)」をどのようにしつらえようかと論議した答えは、こうだーーぜい弱で融通のきく政府、可能ならば議会制、ただし、英国が効果的に統治可能な限りにおいて。

アメリカ合衆国が独立したイラク政府の存在を許可するなどと誰が期待するだろう。特にいまはワシントンが世界最大の石油産出地帯のまっただ中に永続的軍事基地設置権を保有しているのだから。そして、イラクの運命を西側諸国の手にゆだね、どんな君主国も受け入れないような経済制度を押し付けている時に。

歴史をとおしてみると、どんなに過酷で恥ずべきやり口も、気高い意図の宣言、そして自由と独立の授与というレトリックを通常伴っているものだ。

ちょっと目をこらせば、トマス・ジェファーソンの当時の世界情勢への観察がいまだに通用していることがわかるだろう。「ナポレオンが、海洋の自由のためだけに戦っているとは、我々は信じない。大英帝国が人類の自由のために戦っているなどということも。目的は、いずれも同じ。権力と富、そして他国の資源を手にいれることなのだ」

初出:The Tronto Star
http://www.alternet.org/story.html?StoryID=17435