コリアン・ディアスポラのパフォーマンス
in 京都

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コリアン・アメリカンの実験的アーチスト、テレサ・ハッキョン・チャ(1951−1982)のテクスト「ディクテ」に基づいた、韓国の劇団ミトス(演出家・代表 オ・ギョンスク)による、パフォーマンスが、さる11月29日、京都の立命館大学のアート・リサーチ・センターで行われた。

韓国生まれで、幼少時にアメリカに移住したチャのコリアン・ディアスポラの言語体験が根幹にある作品である。母語を奪われた「語る女」(カン・ハジョン)は、自分が発する言葉との埋められない距離に引き裂かれ、母(キム・ミンジョン)の母語を求め、一体化を切望する。

テクストには、朝鮮における日本の植民地支配の歴史、日本の支配によって母語を奪われた母の体験、チャ自身の自伝的語りの断片が複雑に織り込まれている。そして、語る女のコロスとして、母に加えて、韓国のジャンヌ・ダルクとも呼ばれる独立運動の女性指導者ユ・グァンスン(キム・ジョンオク)、聖女テレーズ(キム・ヒョナ)という自己犠牲のヒロインたちが重ね合わされていく。

元のテクストは英語とフランス語からなり、これを韓国語に翻訳したものが演じられた。今回、せりふの一部が日本語に訳され、シナリオの和訳が印刷物で配布されたが、テクストがもつ複雑な内容は失われがちであった。

その中でインパクトが強かったのは、民族舞踊の訓練を受けた母役のミンジョンの身体と、語る女役のハジョンのひょろりとした体の対比であった。足首を直角に曲げ、つま先を反り返らせて歩く「母」の鍛えられた強靱な身体と、トランクを携えマフラーを巻き外套を着た旅人である「語る女」のよるべない姿は、言語の学習自体が舌や唇などの筋肉の訓練に他ならないことを想起させる。母語を奪われ漂流する身体はくちごもりがちだが、時に呪術的で激烈な叫びそのものと化し、時空を凍らせた。

大極旗の扱いなど、民族主義的にしかみえない部分も含めて、観客自身の言語やアイデンティティの自明性を問い直させる作品であった。(栗原奈名子)

関連サイト
「ディクテ」の邦訳本:http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4791760433/qid=1073216109/sr=1-2/ref=sr_1_0_2/250-9201782-0729811
テレサ・ハッキョン・チャに関する英語のサイト:http://www.eai.org/eai/artist.jsp?artistID=7651