あてはずれのベストセラー

---「ジェシカ・リンチ・ストーリー」

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4月1日(エイプリール・フール)、米軍による深夜の奇襲作戦でイラクの病院から救出され「米国史上もっとも有名な戦争捕虜」となったジェシカ・リンチ上等兵、伝記「私も兵士:ジェシカ・リンチ・ストーリー」が11月始めに発売された。この本の出版権を得るために、出版社であるクノップ社は19歳(事件当時、現在は20歳)のジェシカに100万ドルを支払ったといわれる。が、この本、大騒ぎの割には、売れてない(11月第2週末現在amazon.comでのトップセラー・リストで第54位)。

なぜ?それはジェシカがすでに「落ちた偶像」だからだ。ジェシカは瞬く間に純真無垢で勇敢な「戦場のヒロイン」に祭り上げられたが、そのイメージは1か月後には、米国政府と米軍による[情報操作の道具]に化していた。あっという間のこの豹変。人々がしらけてしまったのも無理はない。戦時下の政府や軍部が情報操作に励むのは、まあ当然。だが、うんざりなのは、おいしいニュースがほしいマスコミがいそいそと戦意高揚の、お先棒をかつぐ姿だ。

例えば、今回。事件の第一報を報じたのは、AP。この時には、「匿名のある消息筋」によるとジェシカは[少なくとも1か所、銃傷を負っている」との報だった。ところがNYタイムズの続報では、「銃で何度も撃たれた」となり、果敢な勇士像がむくむくふくらみ始める。翌日には話しがさらに大きくなり、ワシントン・ポストは、「ある米国当局者の話」としてジェシカは「激しく戦い、銃弾とナイフで傷を負った」「死にものぐるいで戦った。生きて捕虜になどなりたくなかったからだ」と報じ、ジェシカは女ランボーに変身していた。いずれの記事でも、「消息筋」「当局者」が情報源とされ、記者たちは情報操作にまんまとはまっている。

こうして「戦場のヒロイン」神話が全国をかけめぐったが、4月も末になる頃には、いくつかの新聞や雑誌が、話しのつじつまが会わないことに気付き始めた。イケイケ・ムードにはっきりと竿をさしたのは、英国のBBCの報道だった。ジェシカが収容されていたイラクの病院関係者を取材して負傷は運転していた大型軍用トラックの交通事故によるもの、敵兵に撃たれたり刺された形跡は無いことをすっぱぬいた、さらに、米軍は病院に敵兵がいないことを事前に知っていたにもかかわらず、マスコミ用に大がかりな深夜の救出作戦を仕組んだと報じた。

本出版を機にTVのインタビュー番組に始めて登場したジェシカ。BBCの報道を裏付け、軍に利用されたとはっきり告げた。「私の銃は壊れていて、使いものにならなかった。銃撃を受けている間はこわくてただ、神様にお祈りしていた」と。

ジェシカのことを悪く言う人は少なくない。「ブロンドで美形だから、ヒロインになった。この戦争で命を落とした若者は大勢いるのに彼女だけ脚光を浴びるのは不公平」と彼らは言う。例えば、ジェシカと同時期に戦争捕虜になった、一児の母でもある30歳のアフリカン・アメリカンの女性は、ジェシカ同様、負傷して名誉の除隊となったが、引退後の政府からの年金は、ジェシカの半分以下。幼い娘を抱え不具の身でこれでは暮らしていかれないと軍と政府を相手どって人種差別だと訴訟をおこしている。

とはいえ、ジェシカの人生もバラ色ではない。負傷で受けた傷のリハビリは続いており、完治の保証はない。負傷から病院に運ばれるまでの数時間の記憶が戻らないともいう。米側の医療関係者はその間に、レイプされた可能性を示唆している。レイプは本当に起きたのか、それともこれまた、米国当局者によるでっちあげ?ジェシカは本当に記憶をなくしているのか。

ベトナム戦争では黒人兵士の多くが危険な戦場に送られ犠牲となったが、今回の戦争では、アメリカの「片田舎の貧しい白人」兵士もまた、戦争の犠牲者だ。米政府と軍は、純真なアメリカの若者が戦場で生き延びたヒロイックな物語を「美談」として売ろうとしているが、そんな彼等を理に合わぬ戦場にどしどし送り込んでいるのもまた、彼等自身なのだ。

ジェシカの本が売れない理由はもうひとつある。この本、彼女自身の声で書かれていないのだ。著者は、リック・ブラッグ。ピュリッツア賞受賞者で元NYタイムズ記者の彼が、ジェシカに取材してまとめているのだが、たとえゴーストライターを使おうとも、ここはやはり、自分の言葉で語ってほしかった。特にこのブラッグという男、フリーランスの記者を雇って取材させた記事に自分だけの署名をつけて発表したのがばれて、NYタイムズをやめたといういわくつきの人物だ。ジェシカと一緒にTVに出演した時も御本人をさしおいての発言がめだった。

政府や軍にさんざん利用されたジェシカが野心満々のジャーナリストに利用されている姿など、誰もみたいとは思わない。身のほど忘れたジャーナリストほど、あさましくて、危険なものはない。(by 宵っぱり)


リンチ上等兵を救え! 戦争とプロパガンダ
http://www.melma.com/mag/15/m00090715/a00000012.html
国防総省がリンチを記憶喪失に?
http://homepage2.nifty.com/mekkie/peace/iraq/news/066.html
Jessica Lynch: Media Myth-Making in the Iraq War
http://www.journalism.org/resources/research/reports/war/postwar/lynch.asp