子育ての話

Text by 森重優実
page 1 of 2 | Home |


〜バースセンターでの出産〜 


 私が息子アレックスを出産したのは、マンハッタン14丁目ウェストサイドにあるエリザベス・シートン・チャイルドベアリングセンターという助産院である。2000年1月12日、予定日ちょうどのことであった。

 それまでの人生32年間で、脱水症状になったほどハードだったバレーボール部でのスパルタキャンプ、食中毒、4度にも渡る口内手術など人並みにつらいことは経験してきたつもりだった。加えて妊娠中もジム通いを続け、ウェイトトレーニングやステアマシン、ジョギングなど、直前まで毎日のように運動し、体力づくりに励んだ。しかし誘発剤や麻酔なしでの2日に渡る自然出産は今思い出してもつらい経験だった。かつてお産で亡くなる人が数多くいたという事実がしみじみ理解できたほどだ。とはいえ、途中発熱などのトラブルがあったものの無事に経膣分娩にて出産でき、母子共々無事だったこと、五体満足に生まれたことは息子が9カ月になった今でも本当に幸運に思う。

 結果的に自然分娩を選んだ私だが、妊娠当初は無痛で産むことになるだろうと思っていた。何といってもアメリカでは90%以上が脊椎麻酔を使った無痛分娩を経験するという統計がある。それを実証するかのように、アメリカで子供を産んだ私の知人、友人たちは、日本人5人を含めて全員が無痛分娩だった。日本では無痛分娩はまだまだ少数派だけに驚きである。例えアメリカといえども最近になってからだろうと思いきや、夫の母親の世代(五十代半ば)もそうだったという。夫の母親は息子2人ともを脊椎麻酔で産んだらしく、自然で産むかもしれないと言った私に、「勇気があるわね。私にはとても自然で産むなんてできなかったわ」と言った。彼女の姉は3人の娘がいるが、3回とも全身麻酔で寝ている間に出産したという。そして、「一人目を産んだとき、何の痛みもなく、起きたら子供が産まれてたというわけ。こんなに楽だったら今度も絶対こうしようと思った」らしい。でも夫の祖母は私に言った。

「麻酔は絶対使わない方がいいわよ。エレイン(義母)が2人目を産んだ後、麻酔が2日間切れず、このまま下半身麻痺になったらどうしようかと、たいそう恐い思いをしたのよ。知りあいで本当に下半身麻痺に永久になってしまった人がいるのよ」。

 それをふんふんと聞いていた私だが、麻酔技術もその頃と比べて進歩しているはずだし、やはりなるべく痛いことは避けたいので、この意見は無視して自分で決めようと思っていた。


10/12/2000